「賭博者」

賭博者 (新潮文庫)

賭博者 (新潮文庫)


ドイツの架空の都市ルーレテンブルグ(ルーレットの都市)が舞台。

将軍家に主人公であるアレクセイ・イワーノヴィチが家庭教師として雇われるんだけど、ひょんなことから賭博にはまり、転落する話。

主人公の手記という体裁の、一人称小説なんだけど、それだけに彼の心理と転落の様子が、リアルタイム感覚で伝わってくる。


はじめはまとも。まぁフランス人に喧嘩売ったりとか、多少ずれた所はあったけど、ぜんぜん許容範囲内。ポリーナっていう教え子の女の子に恋をして、友人と語らって、いたって健全な好青年。賭博に対しても特別興味を抱いてるようにはみえない。

ところが、将軍の母親アントニーダ(将軍は彼女の遺産を狙ってた)の賭博に付き合ったのを境にアレクセイは転落していく。

「でも、どこに賭けます、お祖母さん?」
「ゼロさ、ゼロだよ! またゼロだよ! できるだけたくさん賭けとくれ!」

その後彼はルーレットで大勝し、あとはてんわやんわ。狂気じみたスピードで物語は進み、話はいきなり一年と八ヵ月後にとぶ。その空白の時間に彼は負債を理由に刑務所に入ったりと、堕落した生活を送ってたらしいけど、そこは描写されない。けれども、かつての友人ミスター・アストリーのセリフがすべてを物語っている。

「あなたは感受性を失くしちまいましたね」彼が指摘した。「あなたは人生や、自分自身の利害や社会的利害市民として人間としての義務や、友人たちなどを(あなたにもやはり友人はいたんですよ)放棄したばかりでなく、勝負の儲け以外のいかなる目的をも放棄しただけではなく、自分の思い出さえ放棄してしまったんです。わたしは、人生の燃えるような強烈な瞬間のあなたをおぼえていますよ。でも、あなたはあのころの最良の印象なぞすっかり忘れてしまったと、わたしは確信しています。あなたのころの夢や、今のあなたのもっとも切実な欲求は、偶数、奇数、赤、黒、真ん中の十二、などといったものより先には進まないんだ、わたしはそう確信しています!」


彼の言うとおりだ。アレクセイは狂ってる。むしろ「狂う」という語がアレクセイに基づいて定義されてもいいんじゃないかってくらいに。そして「狂ってる」と指摘されても改めないのが、改められないのが、狂人の常だ。
彼の次のような言葉で、小説は終わる。

明日こそ、明日こそ、すべてにケリがつくことだろう!


とはいえ、ドストエフスキーは賭博のことを悪く書いてはいない。炎のように美しく危険な、女性のように熱く赤く残酷な、そんな魅力的な、魔力的な存在として描かれている。しかもこれが「ロシア人に特有な病的性格」(裏表紙より)だというのだ。「カラマーゾフの兄弟」のフョードルやドミートリイの性質とは、このようなものなのかな?なんとなく腑に落ちた気がする。


個人的にはドストエフスキーの作品の中で、「罪と罰」と並んで一番好きかも。