「掟の前で」

変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)

変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)

掟の前に門番が立っていた。男は入れてもらおうとするものの、門番に止められる。

「まだ入れてやるわけにはいかんな」

男は何年も何年も門番に頼み続けるが、そのたびに拒否される。そして死の間際、男が一つの疑問を口にする。

「どうして何年たっても、ここには、あたし以外誰もやってこなかったんだ」

そして門番が答える。聞こえなくなっている男の耳に、大声で。

「ここでは、ほかの誰も入場を許されなかった。この入り口はおまえ専用だったからだ。さ、おれは行く。ここを閉めるぞ」


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掟ってなんなのか。門番とは?何故自分専用の入り口に、入れてもらえなかったのか?



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生きるということは所属することだ。家族に、会社に、学校に、あるいは男女の性や「やさしい」「冷たい」などの性格にいたるまで、さまざまなカテゴリーに属すことで初めて「存在」できる(もっといえば、この「存在する」こともカテゴリーの一つなのだが)。どのカテゴリーに所属するかは、自分には決められない。神か、社会か、他人か、よくわからないがとにかく誰かが勝手に決める。

他人が決めたカテゴリーへの所属を拒否し、「自分」に属することは非常に難しい。そんなことをしようものなら、社会が決めた「存在」カテゴリーから抹殺されてしまう。「本当の自分を探す」なんていう中二病くさいことをいってる中学生も、大人になるとそんなことを忘れ、社会に埋没していく。


「掟の前で」はこのことを描いた作品だと思う。「掟」は「自分」への入り口。「門番」は社会や他人。中へ入るには「門番」の忠告を無視して突き進む、強い意志が必要。たいていの人にはそれがないから、社会に埋没したまま死んでしまう。