「燃えつきた地図」

燃えつきた地図 (新潮文庫)

燃えつきた地図 (新潮文庫)

都会――閉ざされた無限。けっして迷うことのない迷路。すべての区画に、そっくり同じ番地がふられた、君だけの地図。
だから君は、道を見失っても、迷うことは出来ないのだ。

主人公は探偵。ある女性から失踪した彼女の夫を探すよう頼まれるのだけど、手がかりはマッチの箱。この理不尽極まりない依頼を遂行するうちに遭遇する数々の不思議な出来事。いや、不思議という言葉でもまだ足りない。小説のプロットそれ自体が破綻して、登場人物たちの行動が無秩序になっていく。言ってしまえば、作品の形式そのものが作品の漠然とした不安を表している。アマゾンに「非常にだらだらした印象で、これならミステリを読んだほうがいいのでは? と思った。」なんていうレビューがあるけど、的外れもいいところだ。

「さっきお見せした新聞の切り抜きだって、とにかく、千人に一人の割りで失踪者がいるっていうんでしょう・・・・・・赤ん坊や、病人のように、意志どおりには動けないものまで含めて、千人に一人なんですよ・・・・・・深刻だと思うんだ・・・・・・現実にはまだ、逃げていないけど、逃げたいと願っている人間まで勘定に入れると、もう、ものすごい数になってしまうんじゃないかな・・・・・・逃げる人間よりも、逃げない人間のほうが、むしろ特別な存在になってしまうくらい・・・・・・(p320)」

都会という箱の中で、他人の地図、みんなの地図の中の、白紙でない部分で、蟻のように動き回ることしかできない。そこから抜け出し、自分の地図を広げようという意志を持った人たちを、義務という鎖で縛り付ける。そうしないと社会が成り立たないから。その社会がひとりひとりの人間からなっているというのは皮肉な話だ。

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ぎむ 【義務】
(1)人が人として、あるいは立場上、身分上当然しなければならないこと。責務。
(2)〔哲・倫〕〔duty〕道徳的な必然性をもつ原理によって人が課せられる、ある行為をなすべし、またはなすべからずとする強制・拘束。
(3)法律が人に課す拘束。あることをせよとする作為義務と、してはならないとする不作為義務がある。

いし 1 【意志】
(1)考え。意向。
「―を固める」
(2)物事をなすにあたっての積極的なこころざし。
「―の強い人」「―の力でやりとげる」
(3)〔哲・倫〕〔will〕ある目的を実現するために自発的で意識的な行動を生起させる内的意欲。道徳的価値評価の原因ともなる。
(4)〔心〕 生活体が示す目的的行動を生起させ、それを統制する心的過程。反射的・本能的な行動とは区別される。
(5)文法で、話し手のある事を実現させようとする意向を表す言い方。口語では助動詞「う・よう」、文語では助動詞「む(ん)」「むず(んず)」を付けて言い表す。

(goo辞書より)

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そしていつしか「僕」と探し出すべき「彼」の心理がどんどんシンクロしていく。探すものから探されるものへ、追うものから追われるものへ。「彼」はどこへ行ったのだろう?「僕」はどこへたどり着くのだろう?

だが、ときたま、出掛けたっきり、戻ってこない人間もいて・・・・・・(p18)